|
by arachne_blog MY SNS
カテゴリ
最新のコメント
以前の記事
検索
twtter
最新の記事
ファン
|
2012年 05月 23日
ちょっと前から「ニセ科学」の問題に興味を持ち、本やネットで勉強しています。なるほどそうだったのかという発見がいくつかありました。少し以前の自分に向けて説明するようなつもりで、ニセ科学のQ&Aをまとめてみました。
●ニセ科学の定義とは? 科学を装っているけど、実は科学ではないもの、のことです。 ●ニセ科学の代表例は? ・血液型性格診断 ・マイナスイオン ・EM菌 ・ゲーム脳 ・水からの伝言 ・ホメオパシー ・(ブームとしての)脳科学 ●神秘的なものを全て否定するんですか? そうではありません。例えば僕も、神社にお参りするしお守りを買ったりします。UFOや幽霊の存在をなんとなく信じていたり、手相をみてもらったり、血液型性格診断を話題に出したりします。 問題なのは、科学的根拠があるかのように「装っている」という部分です。例えば、神社のお守りが、こういう科学的根拠があるから、こういう効能があるんです! という風に虚偽の宣伝をされて売っていると、ちょっと違うと思いませんか? 神秘やオカルト・スピリチャル的なものを、そのままの形で、それはそれとして受けとめている分には問題がないと思うのですが、科学的な根拠があるかのようにウソをつかれると、様々な問題が発生してしまいます。 ●世の中には、科学で解明できないものもあるのでは? もちろんイエスです。例えば超伝導などは、その現象が発見されてから、50年ほどそのメカニズムが解明されませんでした。現象や作用は確かにあるけれども、その作用機序(メカニズム)が分からないものもあると思います。 ですが、客観的で再現可能な事実がないにも関わらず、それがあると主張したり、科学のフリをしているけど、科学としての条件を満たしていないものが問題なのです。 ●科学は絶対ではなく、科学にも誤りがあるのではないか? これもイエスです。ですが、「科学的に導かれた結果は100%絶対である」、という風に考えているわけではありません。科学的な「方法論」、科学的な「考え方」、科学的な「手続き」、そういったものがきわめて「有効だ」と考えているということです。 そういった「科学的」なものの有効性と、「科学にも誤りがある」ことは別の話です。あるいは、科学の誤りを科学によって修正してきたというのも、科学の歴史です。 ●ホメオパシーで病気が軽くなったという人の話を聞いたんですが? そこには、「個人的体験」と「客観的事実」の混同、という問題があるように思います。確かにその人は、病気が軽くなったんでしょう。ただ、病気が軽くなった原因は、他にもあるかもしれません。例えば、同時に飲んでいた薬が効いたのかもしれないし、運動をするようになったことが改善の原因かもしれないです。あるいは、そもそも何も飲まなくても、時間の経過により回復した病気だったのかもしれません。 そういった個人的体験は、客観的事実とは「切り分けて」考える必要があります。客観的事実が存在すると証明するには、疫学調査が必要になってきます。ニセ科学を判断するときには、疫学的思考が有効です。 ●疫学的思考とは 神社でお賽銭を10円しか入れなかった時は宝くじにあたらなかったけど、奮発して1万円入れたら10万円の宝くじに当たったとします。これをご利益があったと信じるのは勝手なのですが、これをもとに、他人に「必ずご利益があるからあなたも1万円入れなさい」と勧めていいか。・・・これははっきりとしていますよね。 疫学の考え方では、 (A) 祈った→効果があった (B) 祈った→効果が無かった (C) 祈らなかった→効果があった (D) 祈らなかった→効果が無かった の4パターンの人数を調べます。 祈った結果、効果があった人(A)と無かった人(B)を比べるだけではダメなんですよね。そのA:Bの比率が、祈らなかったけど、効果があった人(C)と無かった人(D)の比率、C:Dと比べてどうかということを見なければいけない。 もしかすると、お祈りをしなくても、宝くじに当たる:当たらないの比率は同じかもしれないからです。もしそうなら、お祈りの効果はないと結論づけられます。一方、体験談というのは、(A)のパターンだけを数えていますから、何の証明にもなりません。 ●騙される人が馬鹿なだけの話では? 山口市の女性がホメオパシーを信じる助産師の指導のもと、長女を自宅出産しました。新生児にはビタミンK2シロップという、新生児の出血症を予防する薬を通常与えるのですが、その助産師は、同じ効果を持つとされるホメオパシーの薬品を与えて、母子手帳には「ビタミンK投与」と虚偽の報告をしていました。 その結果、赤ちゃんは生後2ヶ月でビタミンK欠乏性出血症による硬膜下血腫が原因で死亡しました。「山口新生児ビタミンK欠乏性出血症死亡事故」と呼ばれる事件です。 ニセ科学を信じるあまり、現代医学を否定し、患者を病院から遠ざけてしまうことが非常に問題と考えられています。ダメな治療法を選択することで、患者が効果的な治療を受ける機会を妨げた場合、それが善意で施されたものであったとしても、結果的にはその患者の命を奪うことに加担することになります。 ニセ科学を選択することは、単に自己責任の問題にとどまらず、様々な「社会的損失」を招いてしまいます。意味のないものを作るにしても、意味のあるものを作るにしても、どちらも人手・お金・時間がかかります。こういった社会資本を無駄に使うよりは、意味のあるものに使うほうがいいよね、という話です。 ●個人にとってニセ科学知識を身につける大事さ そういったリテラシーを身につけることにより、 ・インチキ商品を騙されて買うことがなくなるので、かしこいお金の使い方ができる。 ・上手い儲け話にも騙されない。 ・本当に効果のある適切な医療を選択することができる。 ・不安や恐怖をあおる情報に対して、冷静で落ち着いた判断ができる。 ●希望が科学の使い方をゆがめてしまう 僕も以前、冷え性に悩まされていた時期があって、薬局で買った漢方薬とか鍼灸とか、いろいろ試していました。けれど、実際に効果があったなあと思ったのは、お風呂に毎日しっかり入ることと、ジョギングを定期的に続けることでした。 薬局の漢方薬や鍼灸を否定しているわけではないのですが、はっきりとした病名のつかない、なんとなくの体の不調があった場合に、これを飲めば治るとか、これを受ければ治るとか、お金をだせば解決する、ある種お手軽なものがあったとしたら、それに飛びつく気持ちはよく分かります。 マイナスイオン、EM菌、ホメオパシーなどもそうで、そういう便利なものが本当にあれば、どんなに良いことかとは思いますが、「信じたいこと」と「信じてよいこと」は、しっかりと科学の目で区別しておかないと、結局のところ自分の不利益につながりますし、それを放置しておくことは、社会の損失になるのだろうと思います。 ■参考図書 もうダマされないための「科学」講義 2012年 05月 21日
伊東さんとはいつも定期ミーティングで、あれやこれやとお話させてもらっているのですが、今回、podcastを録音してみました。放射能・がれき処理・原発問題などをテーマにトークしています。ネットカルチャーとか社会問題などに興味がある方に、聞いていただけるとうれしいです。
ダウンロードはこちらから D&A podcast vol.0 (2012年5月4日録音/再生時間 2:29:38) ■内容紹介 ネットカルチャーと社会問題を中心に、ふたりのウェブデザイナーが岡山の片隅でひっそりと語り合うpodcast 「D&A podcast」。ゆるゆるとはじめてみました。 今回は、東日本大震災から約1年が経過した現在における、放射能・がれき処理・原発問題などをテーマにトークセッション。 Dの人(イトウ)は福井県小浜市生まれ。長年、反原発のムーブメントに関わったり、環境問題やエネルギー問題に高い関心を寄せています。 Aの人(ササイ)はノンポリですが、気仙沼への被災地観光、311震災追悼イベントの体験、がれき受け入れ問題の発生などから、最近こういった問題への関心が高まっています。 世の中に一言もの申す! という意気込みでもないし、二人が対立して激論を交わしているわけでもありません。個人的な体験から得られた個人的な考えを、お互いに交換しあっているだけです。 同じように、ネットカルチャーとか社会問題などに興味がある方に、聞いていただけるとうれしいです。 ■トピックス箇条書き 自己紹介と趣旨説明/311追悼イベント/IWJ岡山の中継スタッフとしてふたりが参加/労働組合の原発はいらないソング/参加者の傾向/関わりを持とうとする人が新しく増えていること/ 気仙沼被災地観光を振り返って/岡山の姿とのギャップ/放射線に対する正しい知識の必要性/ 震災の情報リテラシー/ネットカルチャーで培われた情報の扱い/自分の心情にフィットするものだけをリツイート/今まで見てきた二極化と対立構造の悪循環/ほぼ日の震災リテラシー/リスクとハザードを混同している/発信者の意図と目的/上杉隆問題/ 広域震災がれき処理/安全と合理性に疑問/陰謀論的な表現/LNT仮説の扱い/ 鎌仲ひとみ作品/現場での一次情報/疫学的・科学的アプローチは/ 岡山でのがれき受け入れ勉強会/マチナカギカイ/ 社会へのアクションについてのバランス感覚/なぜこういうことをしてるかの動機と理由/個人の生き方における情報の大切さ/ 最近読んだ・読んでいる関連書籍/エネルギー問題を考えることの難しさ/よく分からないものは怖い 2012年 05月 19日
![]() 「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 社会心理学者の山岸俊男は、いわゆるステロタイプな社会常識に対して、それって本当にそうなの? ということを実験により確かめ、科学的に解き明かしていく学者です。たとえば、アメリカ人は「ドライな個人主義」なので、他人をあまり信頼しないが、それに比べて、日本人は集団主義的で調和を求めるので、他人を信頼する傾向が強いというイメージがあるかと思います。 ところが様々な実験により、他人に対する信頼度はアメリカ人の方が日本人より高いという結果が導かれます。この内容については、「安心社会から信頼社会へ」という本に詳しくのっていますが、個々のアメリカ人と日本人の気質や性格に差異があるのではなく、社会システムの違いにより、そういう結果が出るのだという論旨です。 この「しがらみを科学する」は、高校生に向けた社会心理学入門の本という位置付けですが、大人が読んでも充分に興味深い内容です。特に「心でっかち」という概念がなるほどと強く納得しました。 日本の離婚率のグラフを見ると、1980年の後半に離婚率が低下しているのですが、この原因を学生に考えさせると、 ・夫婦の関係が平等に近くなり、家事分担などもすすんで行われ、妻の負担が減ったため ・女性の自立が進んで、そもそも離婚しそうなカップルが結婚しなくなったため ・バブル好況により家庭内での経済的な問題が減少したため といった仮説を出します。 ですが、これらの理由では、2000年代の離婚率低下は説明することができません。本当の原因は、人口分布の片寄りにありました。1980年代の日本には、離婚しやすい年代である30歳代の人達がたくさんいたので、日本全体の人口千人あたりの離婚率が多くなった。それが1980年代終わりになると、そうした団塊の世代の人達が年をとって離婚をしなくなったということが、離婚率の低下としてグラフに現れたというわけです。 ここで山岸氏は、「離婚率の減少」という社会現象を、「人々が離婚をしたがらなくなった」という一人ひとりの考え方や気持ちの変化に置き換えて論評することを、危険な落とし穴だと指摘します。 社会現象について、一人ひとりの心に原因があるからだという理解を、「心でっかち」な考え方と名づけます。とりあえずすべての問題を心の問題として置き換える所から出発して、なぜそんな心の問題が生まれてきたんんだろうと考えるやり方です。 極端な例になるとそれは、心の持ち方さえ変えればすべての問題が解決すると考える「精神主義」を招きます。多くの場合では、「心でっかち」な考え方はそれほど目立たないかたちで私たちの常識の中に入り込んで、現実を見る目を曇らせてしまい、見当違いのやり方で社会問題の解決を図るようになってくると指摘します。 良く言われることですが、未成年者による殺人率は、1980-2003年を取り出すと、増加しているグラフになりますが、戦前の1936年から比べると大幅に減少していますし、2004年移行は少し減少に向かっています。だけど、みんな若者の凶悪犯罪は増えていると思い込んで、その原因を「心の荒廃」と結びつける。 この「心でっかち」という言葉は、山岸氏の定義を越えて、もう少し広い範囲の意味を持ってもよさそうな気がしますね。 気分や感性、直感や欲求ばかりが価値を持ち、ちゃんとした根拠にもとづく考え方と行動が軽視される傾向、それは「心でっかちな世の中」だと思っています。以前にもニセ科学の話題の時にも書きましたが、「信じたいこと」と「信じてよいこと」の区別がつかないという話ですね。 ひとつ具体例をあげると、「原発の安全神話」と「ゼロリスク幻想」は、その意味で表裏一体な「心でっかちな考え方」です。 この本の帯には、糸井重里氏の推薦文として、「『お説教』や『善意』では、なんともならないことばかり。」という文があります。2011年11月初版の本なので、間違いなく、震災後の日本社会を念頭に置いて書いたコピーでしょう。 じゃあ、なんとかするためにはどうすれば良いのか? それはこの本のタイトルにもある「科学する」という態度であると思います。そして付け加えるならば、その「実効」ということを意識するということ。 2012年 05月 11日
2009年に制作された、45分のストップモーション・アニメ作品。満月の夜に故障してしまった電信柱のエレミは、自分を修理しに来た電力会社作業員の男に一目惚れ。どうしても彼と話がしてみたくなったエレミは、電話回線に侵入し、人間のふりをして電話をかけてしまう・・・ この「電信柱エレミの恋」の作品展が、ギャラリーシファで5/27(日)まで開催されています。作品中の人形・セットの展示、上映会、演奏会、ワークショップなど。オープニングパーティーに参加させていただいたのですが、展示物の繊細な完成度やディテールの追求にびっくり! 一見の価値ありです。展示を見るのは無料です。 上映会は残るは、 5/12、5/18、5/26のスケジュールです。 いずれも17:30上映、1,000円(ワンドリンク付)、要予約。 5/12には作品を見に行くのですが、また感想書きます。 ■作品公式ページ http://park11.wakwak.com/~sovat/e_j_common/roadshow/castpage.html ■電信柱エレミの恋の世界展 FBページ http://www.facebook.com/ELEMI.okayama 2012年 05月 09日
放射線に関する科学的知識を情報収集していると、真偽不明のアヤシイ話にもたどりつきます。
例えば、欧州放射線リスク委員会(ECRR)という団体が、「内部被爆の影響は外部被爆の600倍」という報告を出しているというもの。これは科学的根拠に欠けているという批判が多く、国際機関からは相手にされていません。 そもそもこの団体は、国連や各国政府とは関係をもたないNPOで、反原発の主張を持つ科学者や専門家が多く参加しています。そして、中心人物のバズビー氏は、内部被爆の脅威を語りながら、一方で、放射線被曝に効くという高額なサプリメントの販売に関与していると報じられています。(出典:放射線医が語る被ばくと発がんの真実/中川恵一 p.128) ことほどさように、デマ情報や虚偽の報道があふれている状況は、昔からある「ニセ科学問題」と根っこは一緒だなと感じていて、今、ニセ科学に興味を持って、いくつか本を読んでいます。 ニセ科学の具体例をあげると、 ・マイナスイオン ・EM菌 ・ゲーム脳 ・水からの伝言 ・ホメオパシー ・永久機関(フリーエネルギー) などですね。ゲルマニウムとか、スポーツ選手がよくしているネックレスなんかもニセ科学商品に入ると思います。 ニセ科学の定義は、「科学であるかのように装っているが、実は科学とはよべないもの」です。じゃあ、「占い」はどうかといえば、そもそもみんな、占いが科学であるという風には信じていないと思います。たかが占い、と距離を置いていますし、占いの結果が外れたとしても、怒ったり返金を要求しないですよね。重要な問題は、「科学的根拠があるかのように装っている」ということです。 このエントリーの最後に、ニセ科学問題に詳しい菊池誠さんと、宮崎哲弥さんの番組を貼っておきます(約50分)。どのような種類のニセ科学があり、なぜ問題なのか、なぜ人はニセ科学を信じるのか、ということを解説しています。 印象的だったフレーズは、ニセ科学を信じてしまう人は、「信じたいこと」と「信じてよいこと」の区別がつかない、という部分ですね。つまり、希望と事実の切り分け、個人的体験と客観との切り分けが出来ないということです。 また常々、いわゆる神秘主義的というかオカルト傾向というか、そういった方向性を指し示す適切な言葉を探していたんですが、この番組で「ニューエイジ思想」とか「ニューサイエンス」というジャンルがあることを知りました。 「ニューエイジ思想」の定義はむずかしく、個別の例をあげるしかないのですが、要は、 ・チャネリング、瞑想 ・ヨガや呼吸法 ・パワーストーン、ホメオパシー ・気功、波動 みたいなことですね。超自然的・スピリチャル要素の強いものです。「引き寄せの法則」とかも、ニューエイジ的といっていいかもしれません。また、そもそもは、60年代のアメリカ西海岸で生まれたカウンター・カルチャーの運動が起源となっているため、旧来の社会道徳・政治体制の否定や、極端な自由主義思想、という傾向もあるということです。 大前提として、人がどのような思想を持とうが自由ですし、他人の思想や価値観を尊重はします。が、科学でないものを、さも科学であるかのように装って喧伝するニセ科学と結びつくのは問題があると思います。 あるいは、ニューエイジ思想の特徴には、「論理的思考に対する直観的理解の優位」というものがあるそうなんですが、この場合の「直感」って経験則ではなく、単に自分の信じたいことを信じているだけじゃないか? といういささかの疑問はあります。 この番組でも菊池さんは、ミュージシャンがニューエイジ的なものと結びつくのは、まあ仕方がないなあと思って見ているけど、自分自身は、ニューサイエンス的なものは底が浅くて好きではないという風に言われています。ただ、SF小説を読むような感じで、一種の娯楽として受けとめたりはしていると。 僕もわりに同意見です。アーティストとかミュージシャン、広い意味でのクリエイターと呼ばれる人達は、こういったものに結びつきやすいのかなとも思いつつ、社会全体とその運営に、ニセ科学や客観的・論理的でない考え方が広まっていくのは、良き方向とは思えない。 村上春樹がよく、人にとってなぜ「物語」が必要なのかということを繰り返し語っています。ひとつには、オウム真理教の麻原の提示したような安易でお手軽、単純明快な「救済」へのカウンターとして必要なんだということです。 2012年 05月 06日
![]() ![]() ○イラストレーターの大神慶子さん作品展 (http://www.keikooogami.com/) ○工房西ノ谷さんのキリムと古いモノ が面白かった。 次にお二人がどこかで何かやる時、行ってみたいですねー。 キミドリ分校 http://www.kimidori.org/bunko/ 2012年 05月 05日
![]() 「いかにも」なあるある写真ですが。一周回って、逆にありですよね。ないですか。そうですか。 2012年 05月 05日
![]() ![]() ![]() ![]() 感想1)思ったより小さな島。犬島時間はゆっくりとした時間が流れる、あたたかいイベントでした。 感想2)犬島アートプロジェクト「精錬所」は、古い時間の堆積×圧倒的な芸術の力に満ちている場所。 感想3)やっぱり瀬戸内の海はきれいですねえ。水平線に島が見えないと、違和感を感じる岡山県人。 おまけ)カーナビやっぱり便利だわ。宝伝の港まで楽勝で行けた。買ってよかった。 2012年 05月 02日
>その1から続く
「チェルノブイリが生んだ『エートス』との出会い/安東量子(いわき市在住)』 (約52分) 01:11:00-02:03:00 安東さん講演 02:03:00-02:19:00 質疑応答 ※01:11:00から見て下さい。最初ちょっと音量小さいけど、じきに調整されます。 --- 安東さんは、福島県いわき市の山間部に住まれている方で、お仕事は自営の植木屋さんです。福島で「エートス」という活動をされています。 まず「エートス」とはなんぞや? についてなんですが、チェルノブイリの被害にあったベラルーシではじまったもので、原発事故後の生活をどうするべ? ということを、放射線汚染地区の住民が主体となって、考え実行していく取り組みのことです。ギリシア語の「エトス(信頼)」が名前の語源です。 という説明だけでは抽象的で分かりにくいと思いますので、ざっくり解説しますね。その後、映像を見た方が理解も早いと思います。 そもそも最初、安東さんは、福島県いわき市田人という山あいの方の地域で、放射線の勉強会を開催したそうなんですが、思ったような成果をおさめることができなかったそうです。というのも、結局、参加した住民の人の疑問点は、 ・家庭菜園の野菜は食べていいの? ・堆肥は使っていい? ・肉牛の集荷制限、森林の除染について、井戸水は飲めるの? といった、きわめて生活に密着したものでしたが、講師の先生は、それに対して、明確には答えることができなかったのです。それは当然そうですね。放射能についての科学的知識は説明することができるけど、じゃあ、この家庭菜園の野菜は食べていいのかという、具体的な個別のアクションの可否については、答えることはできません。 そこで安東さんは、科学の知識を、暮らし・生活の文脈に置き換えてはじめて、住民は科学知識が意味があるものと捉えられるんだという気づきを得ます。 では、この放射能汚染された土地に暮らすという現実にどう対処して、今後、何に気を付けて暮らせば良いのか? の方法を模索していた時に、「エートス」の先行事例に出会います。 それは例えば、自治体から「あななたちは、このように行動しなさい」と押しつけられるものではなくて、あくまでも住民が主体となって、放射線の科学的知識をもとに、どのように暮らしていけばよいかを考え、行動にうつしていくという取り組みです。そこにはもちろん、行政や専門家のバックアップも存在します。ですが、あくまでも、判断と選択は、住民自身がおこないます。都市部ではなく、主に山あいの集落単位で行われる取り組みのようです。 そのような活動の実践記録や、活動を通じて得られた知見についての報告を聞くことができる内容です。 --- 佐藤さんの話も安東さんの話もそうなんですが、要は、既に起こってしまった現実に対して、どのように対処していったか、これから現実的にどのようにすればよいのか、のお話なんですよね。 政府や東電を強い口調で批判するだけで終わるということもなく、こうすればいいんだよ!という抽象的な理想論を振りかざすこともなく、当事者として、日々の暮らしに向き合っていったプロセスのお話です。率直に言って、説得力が違います。 お話を聞くことによって、マスコミの記事を見ているだけでは分からない、福島を取り巻く現状が理解できたと同時に、被災した地域や人々のことをどのように考え、どのように接して関わっていったらよいのか、ということのヒントをいただきました。 最後に、主催の「福島おうえん勉強会」がどのような団体なのかについては、ちょっと調べることができませんでした。もちろん変な団体ではないと思うのですが、団体プロフィールについてのアナウンスがあればもっと良かったかもですね。 --- 【リンク】 ■ふくしまの話を聞こう イベント概要 http://kokucheese.com/event/index/31681/ ■福島おうえん勉強会 twitter https://twitter.com/#!/fk_ouenbk ■佐藤順一さん twitter https://twitter.com/#!/jyunichidesita ■安東量子さん twitter https://twitter.com/#!/ando_ryoko ■エートス in 福島 http://ethos-fukushima.blogspot.jp/ 2012年 05月 02日
先日、Ustreamで聞いた講演会が非常に興味深かったので、内容をかいつまんでご紹介します。
4/28に新宿で行われた「ふくしまの話を聞こう」という勉強会で、原発災害後の福島で暮らすということについて、地域の人達のための活動を続けているお二方の話を聞く会です。 一人目は、 「福島で生きるための放射線知識/佐藤順一(郡山市在住)』 (約43分) 0:00-21:50 無音~開会挨拶 21:50-30:33 佐藤さん講演開始 ※21:50から見てください。 00:00:00-00:34:30 佐藤さん講演(続き) 00:34:30-00:41:00 休憩 00:41:00-01:05:00 質疑応答 --- 佐藤さんという方、福島県郡山市在住の学習塾の先生です。なぜ学習塾の先生が、放射線についての講演会をしているのか? のエピソードが面白かったのですが、立教大学の物理学科大学院を卒業していることもあって、原発事故が起きてから、塾の生徒やお母さんから放射線についての質問を受けることが度々あったそうなんです。 そういう周りからの要請に応える形で、放射線について自ら調べて、こういうことなんですよと説明していく中、さすが塾の先生という話の上手さもあいまって、どんどんとうちでも講演をしてほしいという依頼がやって来て、現在に至るという経緯。 確かに話がちょー上手くて分かりやすい! 大手予備校の人気講師の先生をイメージするとよいと思います。くすっと笑えるユーモアもあり、次々と依頼が舞い込むのも納得です。 今回の講演では、いつも行っている放射線知識の基礎説明については少しにとどめて、主に、福島県に住んでいるお母さんたちの状況・よくある放射線の疑問についてが中心テーマとなっています。というのも、そういった活動をされている佐藤さんは、放射線に関する専門家ではありませんが、福島県の子供のお母さんの話を一番聞いている人なんですよね。なおかつ、現在も郡山市に住んでいる方です。 そのリアリティある話、福島に住んでいる人間として放射線をどのように考えていったらいいのかという考察は、非常に現実的かつ実践的であり論理的なものでした。 佐藤さんが講演で使われているスライドショーは公開されています。こちらも必見! 【放射能について学ぼう.pdf】 僕も、放射性物質の半減期について間違ったイメージを持っていました。半減期8日のヨウ素に比べて、半減期24000年のプルトニウムは、24000年も放射線を強力に出し続けると思っていたんですが、そういうことではなくて、単に半減する期間の長さの違いということなんですね。つまり、プルトニウムを1年間放置しても、ほぼ間違いなく放射線は出さないということです。 また、「現在、福島県合同庁舎の駐車場で24時間体育座りをして過ごすと、1日にバナナ3本食べるのと同じ程度の被曝量」という解説のほか、 ○他国の放射性物質規制値と比べてどうこう言うのは意味がない ○福島とチェルノブイリの比較については、実はこういうことですよ ○「放射能濃度が以前の何万倍!」という言い方に慌てなくてよい などの話もあります。 ちなみに、この佐藤さんは別にこういった講演で儲けている人ではないんですよね。そういった意味では、放射能の危機をセンセーショナルに煽ることで利益を得る「震災文化人」と呼ばれる方や、イエロージャーナリズムとは一線を画しているという説得力と当事者性があると思いました。 >その2に続く 2012年 05月 01日
震災がれき受け入れの問題について、小さな声で自分の意見をひっそりと。
非常にデリケートな問題なので、こういったことを書くのは多少の勇気がいりますが。他人の意見を変えようとは思いませんし、何かの社会運動に参加しようとも考えていません。僕はこう思うんだけどなあというひっそりとした声に、うんうんとうなずいてくれる数人の友人知人読者の方がいてくれれば、嬉しく思います。 受け入れについて、僕は賛成の意見を現時点では持っています。 ただし、震災がれき処理が「安全」だと考えているわけではなく、一定のリスク(危険の可能性)を持つものだと考えています。そして、リスクがあったとしても、リスクがあるからこそ、それを引き受けたいと個人的には考えています。とはいえ、「あんた自身はいいかもしれないけど、子どもたちはどうするんだ」という指摘には、何も返す言葉はないのですが・・・。 やはり実際に今年の3月に、仙台・気仙沼の被災地の姿やそこで暮らす方々を見たという経験が、大きな影響を与えています。被災地の方々が背負ってる荷物を、少しでも軽くするお手伝いがしたいという気持ちです。ですが、そういった感情論だけで判断していい問題だとも思いません。あくまでも合理的・科学的に検討すべき課題です。 重ね重ね、個人的意見という前置きですが、たとえ100%安全とはいえないものであっても、一定のリスクがあったとしても、そのリスクを我々が引き受けることと引き替えに、被災地の負担を減らしたいと考えています。 本当は、もっと良い方法があるのかもしれません。誰もが安心して、誰もが納得するような。しかし、誰しも自分の仕事の中で経験していると思うのですが、現実の仕事の上では、常に最善の方法がとれるわけではありませんし、充分な時間をかけて議論と検討を尽くすことが出来るとも限りません。 刻々と過ぎていく時間をただ眺めているわけにもいかないので、限られた時間と予算の中、目の前の差し迫った問題を解決するために、現時点でのベターと思われる選択をその場その場でしていくということは、どんな所にもあるのだろうと思います。 2012年 04月 27日
![]() 宮城県石巻市渡波(わたのは)小学校の子どもたちが、校庭に流れ着いた震災ガレキを使って作ったオブジェ。 立体イラストレーション作家の犬飼ともさんが代表を務める、NPO「ワタノハスマイル」が主宰したワークショップで作られたものです。この子どもたちによるアート作品は、「ワタノハスマイル展」と名づけられて日本各地を巡回したり、イタリアのおもちゃ博物館でも展示されました。 僕は子どものアート作品とかアウトサイダーアートに特別な興味はなく、ちょっと敬遠しているくらいかもしれないのですが、この展覧会が近くに来たら行ってみたいですね。すごく単純に、見ていると暖かい気持ちになって元気が出てくる作品だと感じました。 TBS dig のポッドキャストでこのプロジェクトのことを知ったのですが、代表の犬飼ともさんの語り口とか姿勢にも、とても好印象を持ちました。機会があれば、展示を見に行ったり応援させていただきたいです。 「ワタノハスマイル」イタリア展 https://readyfor.jp/projects/watanohaSmile イタリアでの展示も決定!石巻発、震災のガレキをポップでキュートなアートにする「ワタノハスマイル」プロジェクト http://greenz.jp/2012/04/04/watanoha_smile/ ワタノハスマイルプロジェクト|石巻市立渡波小学校の子ども達の笑顔を世界へ http://www.watanohasmile.jp/index.html NPOワタノハスマイル代表 犬飼ともホームページ http://inutomo.boy.jp/ 2012年 04月 21日
糸井重里 ほぼ日刊イトイ新聞/著。
内容のほとんどは、すでにほぼ日の記事で掲載されているものですが、語り下ろしの糸井重里ロングインタビューに興味をひかれて購入しました。その後すぐに、本屋の近所の喫茶店に行って思わず一気読み。これを読むだけでも1,400円の価値はありましたね。 3月11日より時系列で出来事を振り返っていきながら、ほぼ日に掲載された糸井さんの言葉を中心として、新潮社編集の方が質問を投げかけていくという構成です。 当時の言葉の背景にあった状況や考えが紐解かれていって、分かりやすく具体的な補助線が引かれていきます。新潮社の方の話の聞き出し方がいいんですよね。率直なお人柄を感じられるし、とても素直で正直な問いと相づちを発しています。 これが文化人の方が聞き手だと、話の展開に省略されすぎる部分が多すぎて、ちょっと難解になったかもしれないですね。河合隼雄は、「話を聞く技術!(永江朗)」の中で、「相手の話を聞くために何が必要か」という問いに対して、「相手よりも下にいないと流れてこない」と答えたそうですが、この話を思い出しました。 僕は、ほぼ日に掲載されたいろいろな言葉の中で、「アルバイトの時給が1000円の時代の『貧者の一灯』は、『小銭』ではないと思います。寄付の相場を、いま上げるべきじゃないでしょうか」には大きく納得をして行動にうつしました。http://www.1101.com/20110311/tweet.html それは糸井さんにとっても勇気と覚悟のいる発言だったようです。大多数が肯定的な意見だったそうなんですが、中には、「じゃああなたはいくら出すんですか?」みたいな意見も受けたそうです。・・・有名人ってたいへんですね。 「嫌いなもの」、「行動しなかったこと」、「言わなかったこと」、の中にこそ、その人をより深く理解できる要素が存在すると僕は思っているのですが、まさにこのインタビューもそうでした。糸井さんのもとには、「がんばろう、みたいなコピーを書いてください」、「ほぼ日でチャリティーをやってください」という提案が殺到していたそうです。なぜ、その提案に応えなかったのか? についてはもちろんインタビューの中で言及しています。 糸井さんのとても生々しい考えを読むことができるインタビューでした。結構こういうのって貴重ではないでしょうか。 震災という大きな出来事に触れると、どう考えればいいのか、どうすればいいのか迷い、自分という物が揺らいでしまったり、あるいはひとつの試金石のようなものにもなってしまいますが、この本は、良き方向に進むための助けになってくれる本だと感じました。 新潮社・特設サイト「できることをしよう ―ぼくらが震災後に考えたこと―」 http://www.shinchosha.co.jp/wadainohon/363802/ 「夜は、待っている。」という本の編集者ご挨拶ページ。あわせて読むと興味深い内容です。 http://www.1101.com/books/dawn/nagata.html 2012年 04月 17日
そろそろ仙台・気仙沼の旅行から1ヶ月が経ちます。面白かった落語とか、美味しかった食べ物の思い出も余韻が残っているのですが、やはり大きく今でも胸に残っているのは、被災地としての光景です。
とてもインパクトの大きな、重たい旅の思い出です。まだまだ自分の中で未消化であり、どのように受けとめてよいのか分からずにいて、平常心で日常を過ごしている感じではありません。 (被災地の方からしたら、岡山から観光に来た人間が何言っているのという感じでしょうが・・・) 岡山の皆さんも去年の3月11日の直後は、平常心でいられなかったり、自分に何が出来るんだろうと自問自答していたと思うですが、要はそんな感じです。とはいえ、じゃあこれから、被災地支援ということを大きなテーマとして何らかの動きをしていくんですか? と聞かれれば、YESとは言えない部分もあります。 誤解を招く乱暴な表現ですが、やっぱり仙台・気仙沼にいる方々は、自分にとっては「遠くの他人」なんですよね。自分の人生の諸問題以上に、強い関心を持てることはないわけで、「一生被災地に寄付をし続けます」なんてことはとてもお約束できない。 ただ、今強く心に浮かんでいるのが、「いいかげんなことは出来ないな」というフレーズです。自分が他者にしてあげられることは特に何もなかったとしても、「せめて、いいかげんなことはしないでいよう」と思います。 じゃあそれは、具体的にどんな行動をとることなのか? ・・・実はそれが今ひとつ未消化で、うまく言葉にできないのですが。 ひとつ具体的な行動としては、このブログを読んでいただいている方にはお分かりのように、今、放射能についての関連書籍やネット情報をよく読んでいます。「無知は罪」ではないですが、正しい情報リテラシー・メディアリテラシーを身につけるべきだと強く思っています。 さんま寄席の時に知り合った東京から来た子が、その後、会社でお土産のお菓子を配った時に、ひとりの方から、「これ除染してるの(笑)?」ということを言われたそうです。なんだかなあ・・・とこぼしていましたが、これって、配慮とか礼儀の問題でもあるけれど、放射能に対するリテラシーの問題だよなあとも思ったのです。 岡山でも被災地のがれき処理の問題が議論されていますが、これ、がれきを受け入れたとしても拒否したとしても、後になって「正解」かどうかがクリアーなることは考えられないと思います。だけど、その判断をしたり自分の意見を形作っていく際に、誤った根拠のないセンセーショナルな情報を鵜呑みにしたり、浅薄な知識だけで分かったような気になっているのは、愚かな行為だと思うのです。 正直、政府とか東電に信頼を置くことはできないのですが、かといって、反原発の団体なども決して信頼を置ける存在ではないと僕は思っています。ただ、「科学的な知見」や、「科学的・合理的なものの見方」には、信頼をおけるし、それを手がかりにして進んでいけるものだという風に考えています。それがつまりは、情報リテラシー・メディアリテラシーの大切な価値です。 2012年 04月 10日
![]() 岡山市奉還町のオルタナティブ・スペース「やっち」で、仙台・気仙沼旅行のみやげ話をします。 3泊4日の旅の話を写真や資料とともにプレゼンテーション! 4/14(土)19時開始。手巻き寿司を用意して待ってます。来てね~。 http://spaceyatch.sakura.ne.jp/event.html そして、 4/11(水)のペチャクチャナイト岡山でもしゃべることになりました。 こっちは短いので予告編的な感じになりそうです。こちらもお暇なら来てよね。 http://pknokayama.exblog.jp/17172177/
|